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皇太子殿下、公式協議へ初のご出席

12月28日(憲法関連ニュース)
今週は、まるでブータンの過去と未来の分岐点のようである。ジグメ・ケサル・ナムギェル・ウォンチュック皇太子殿下がクルテ谷で憲法草案の協議を仕切られた際、われわれは何か深い郷愁を感じずにはいられなかった。それもそのはず、この地は、ブータンの歴史上非常に重要な土地であり、ブータン王国創世にまつわる神話が眠る土地なのである。

12月24日、この日は非常に張り詰めた朝を迎えた。皇太子殿下は、聖職者、役人、国民に導かれ、ドゥンカル谷に面した会議場へと入られた。ルンツィ4家の子孫である、約3000人の代表が、清めの儀式を執り行い、ジグメ・ナムギェルの直系の子孫であり、テルトゥン・ペマ・リンパの19代目の生まれ変わりである皇太子殿下のご多幸ををお祈りした。
正式な協議開始前に、皇太子殿下は人々に対して、ブータン王国はいまだかつて無い平和、安定、そして繁栄を謳歌しており、これはブータンの象徴でありブータンが成し遂げてきた事業に責務を負われた国王陛下のご存在に帰すところが大きいことを述べられた。「私は、ブータンの主権のおよび安全が最大の危機にあった2003年を乗り越えた際に、国王陛下が発表された声明を再度述べたいと思う。ジグメ・シンゲ・ウォンチュック殿下ほど、類まれなる国王はブータン史上いまだかつて存在せず、そしてこれからも、さらに優れた指導者が現れることは無いであろう。私個人にとって、国王陛下とは、国王であり、教師であり、思想の源泉であり、そして、師なのである。」
 
 続けて、皇太子殿下は今年のナショナル・デーの国王陛下の声明文について触れられた。「あの日より、私は耐え難い悲しみを感じるようになった。この悲しみとは、あなた方国民が私とこの悲しみを共有しなければならない、という事から生じているのだ。私は確かに国王陛下の長男、つまり皇太子の地位にいる。しかしながら、私は人生でいまだかつて一度も自分自身を皇太子として考えたことは無い。私の頭に常にあったことは、私は国家と国民に使えるべき、ひとりの人間である、という事なのだ。」

 2004年、皇太子殿下がトンサ・ペンロップに就任された際も殿下は、その就任は彼にとって大きな変化をもたらさないことを述べられていた。というのも、殿下は皇太子であろうと、トンサ・ペンロップであろうと、ひとりの一般市民であろうと、国王と国家に仕えるというその義務には、なんら変わりが無いためである。
 皇太子殿下は、殿下ご自身とルンツィの民が席を共にし、憲法に関する協議を深めることは憲法をより強固に、そしてより良く、国家と国民にもっとも適した形にしてゆくための国王陛下のご所望である、と述べられた。
 協議が開始すると、Jarey地区の老人が国王の65歳定年制はブータン建国の父たちが築いてきた伝統に反する、との意見を提出した。これは、ブータン王国が現在の姿なりえたのは、動的で、自立性が強い王国という制度ゆえであり、ルンツィの民は同条項の不適切さを指摘したい、という意見である。
 Menje地区の代表も同様の主張で、国王陛下が退位されると言う事は、ブータンの子供たちから偉大なる守護神を奪うようなものだ、と述べられた。
 これに対して、皇太子殿下は国王陛下のお言葉を用いて以下のように説明された。ブータン国王の最大の使命は、国民の幸福の最大化と言う一点に常にあり、その能力を最大限に発揮して国民の利益に仕える必要がある。しかしながら、年老いていては、国王として、国家と国民のためにもはや最大の能力を発揮できない、と言うのである。ゆえに、この条項は、民主主義制度において、国民と国家の利害を守ることがより重要になった際の王国の未来をすえて形成された、とのべられた。
 第4条、文化の項に関して皇太子殿下はブータンにおける文化の重要性について言及された。殿下によると、文化は未来に非常に重要であり、その責任はブータンの若者の双肩にある、と追加した語彙権も述べられた。
 第5条、環境の項に関して、ある地区長はこの項自体を歓迎する旨を伝えた。と言うのも、現在の人口増加をかんがみると、憲法に記されているように国土面積の60パーセントを森林として保護することは困難になる、と考えられるためである。
 皇太子殿下は、ブータンが環境保全に貢献しているという事は国際社会でも有名であり、ブータンは国家のため、そして世界のために、脆弱な生態系保全に成功してきている、と述べられた。そして、経済発展および人口増加に伴い環境への直接の影響が目に見えて発生していることを、国民が懸念している事に関しても言及された。ブータンの最大の収入源は水力発電にある。ゆえに、もし環境が破壊されるようであれば、ブータンの土地、故郷、そして繁栄、これらのどれもが危険に犯されるのである。そうなれば、ブータンは今日、近隣諸国が直面している脅威に犯されてしまうのである。ゆえに、憲法において環境を強化し保全することは不可欠となる。
 第7条は、基本的人権に関してである。皇太子殿下は、自らが海外留学された際に複数国の憲法を学んだことを例に挙げられて、ブータン憲法のように包括的に権利を規定している憲法はない、と指摘された。皇太子殿下は、国民がこのように憲法で保護された権利を楽しむと同様に、次の第8項を心に留めておかなければならないことを述べられた。第8項は基本的義務についてである。憲法が人々のニーズや大志を満たすためには、責任を負わなければならないのである。もし、責任が伴わないようであれば民主制の未来は非常に不確実となってしまう。
 クルテである家族の代表として出席した少年はブータンがインフラ整備に関して海外援助に依存していることに関して、次のような提出を行った。現在の社会・経済発展を考慮すればこのような援助は将来的に断ち切り、ブータンは経済的自立を果たすことができる、というのである。もしそうなれば、政府は教育および保健を無償で提供し続けることができるのか、というものであった。
 これに対する殿下のお答えは以下のとおりである。歴史を振り返れば、政府は保健と教育、特に優秀な学生に対しては大学院レベルの教育まで無償で施してきた。このことからも、国が成功していれば、この方針の継続は可能である、ということである。ゆえに、もし人々が保健・教育の課題を重要と認識し、ブータンの繁栄を望むのならば、人々は民主制度において、自らの役割を果たさなければいけないのである。これは、究極的には人々自身が、国民に対して有能であり、愛をもつ指導者を選出することを意味する。そのような政治家や官僚が国家に奉仕してこそ、社会・経済発展は加速し、政府はさらに良好な保健と教育を提供することができるようになるのである。
 しかしながら、もし国民がその代表の出に失敗すれば、社会サービスが滞るだけでなく、国の未来すら危うくなっていくのである。
 第17条は政府の形態についての条項である。これに関して、Tangmacchu地区代表は、なぜひとつの県からひとりの大臣しか選出できないのかを質問した。
 これに対しては裁判所長官が返答した。この条項は、ガバナンス制度において監視・評価を可能にし、将来的には首相たる人物が地縁や自らの利害関係に基づいて、特定の県から大臣を選出できないようにするためである、と述べた。これはまた、国家において地域的・民族的バランスを保つことにもつながり、より多様性に富み、そのうえで大臣の出身地が特定の県に偏らない政府を構成することができるようになるといえよう。
 第18項は野党に関してである。ゴムチェン(在家僧)のGangzurは、野党の役割は政府および与党が憲法の条項に従って国政を導くこと、つまりグッド・ガバナンスを遂行し国家の利益を守ることにある、と確認したうえで、2大政党制の欠点として、もし与野党の党首が連盟してしまえば憲法で規定された目的は達成されないことになってしまう、と述べた。
裁判所長官によると、野党の存在は、与党が法を遵守した統治を行い、国家の繁栄を促進し、そして、人々の希望を満たすように機能するために重要である、と述べた。一般的に与党と野党の存在は、異なる主張、立場を取るため、共に腐敗することは考えにくい、としている。というのも、もし与党と野党が共謀して腐敗した場合、信頼を失い、次期選挙で国民の関心を失うのは与党だからである。裁判所長官は、人々の存在こそが政党の健全な存在のために必要だというのである。
 
 皇太子殿下は、憲法および民主主義の本質的な成功に重要な要素である議会および政党の条項に関しても言及された。皇太子殿下のお考えでは、世界中の多くの国において、選挙資金の確保は深刻な課題になっている。また、政党は、民間、そして時には外国からの様々な資金供与をうけ、それらに足を縛られることが多いのである。しかしながら、ブータンにおいて、これは懸念されるべき要素とはなりえない。というのも、あらゆる選挙活動は政府の資金により賄われるためである。もちろん、ブータンのような発展途上国にとって、この措置は資金的に困難である。しかし、この制度は政党が独立性および公平を期すために本質的に重要なことなのである。
 皇太子殿下は、自由で公正な選挙実施のために暫定機構を設ける計画であることについても述べられている。あらゆる政党は、選挙期間中、政権の座を退くことが必要である。よってその期間に、暫定機構に対して統治権限を認めているのである。暫定機構はいかなる政策方針変換も認められておらず、その機能は、現存政党の方針を選挙期間と言う特定期間に維持し、官僚制の発達を阻止する、と言う事のみにある。
 
 第25条は、公務員制度に関する条項である。皇太子殿下は、民主主義の導入移行は公務員の役割が、よりいっそう重要になると述べられている。国王陛下により築かれた、小さく、効率的で、専門性をもち、そして独立した組織は、さらに維持され、そして強化されなければならないというのである。公務員は国民の信頼の下、任務を果たす必要がある。
 
 次条は、汚職防止委員会についてである。ペンロップは、現在多くの国が直面している問題を避けるためには、憲法の導入のそのときから、あらゆる汚職は阻止されなければならないという。残念ながらブータンには、すでに汚職があり、その対策はすぐに図られなければならない。一度、根付くと汚職除去は非常に困難であり、ブータンの未来の世代に、より良い国家を残すことは難しい、とおっしゃられた。
 
 皇太子殿下は、協議の場において、軍事力の強化は政府支出を逼迫するため、中止されるべきだとの国王陛下のお考えを述べられた。国王陛下は、伝統的な戦力の導入を考えられている。そして、国家の非常事態には、公務員、村人、ビジネス・マン、女性などの訓練をうけた文民が職業兵士と共に国家防衛の力となるべきだと考えられている。その全兵力は2万に及ぶ計算となる。
 
 協議の終了に際して、皇太子殿下は国王陛下の声明により、幸福と悲観、双方がもたらされたことについて個人的なお考えを述べられた。ブータンは、ブータン史上いまだかつて無い有能な国王の導きの下、数十年にもおよぶ平和および繁栄を謳歌してきた。御年16歳でその地位に就任されてから30数年にわたり、国王陛下は、急速な経済発展および政治的指導の中心的役割を果たしてきた。しかし、この先は、人々自身が憲法を作り上げ、その未来を気づいていかなければならないのである。
 トンサ・ペンロップは国民に対して以下のようにも述べられた。国王陛下は、その地位に就かれてから、常に民主主義の確立のために国民を導いてきた。1981年には県開発委員会が、1991年には地区開発委員会が設立された。さらには1998年に閣議に権力が委譲されて、2001年になると憲法草案委員会が創設された。そして、今、20のすべての県で国民が国王陛下と憲法に関して協議するまでにいたったのである。
 「あなた方の大多数が、未来に対して不安を抱いている事は承知している。私は、そのことはあなた方が自分たち、そして国の未来を真剣に考えている証拠だと考えている。今すべきことは、その懸念を自ら、同志、そして国を守るための行動に変えることである。時間を十分に取り、自分たちの子供の世代にブータンがどのような姿になって欲しいか、考えてみて欲しい。その未来において、偉大なる国王陛下がお築きになられた国家を、恥じるべき形で未来に引き継いでくべきだと考えるのですか?それとも、国王陛下が築かれた基礎の上に、この時代に生まれたひとりひとりの人間として、それに値する未来を築いていこうと考えますか?」
 
 ルンツィの国民は、変化してゆく時代に直面して、郷愁の念にかられた。皇太子殿下は中心的役割をおわれた初の憲法議会を自信に満ちたお言葉で閉じられると、国民は涙を流し、未来への希望を表明した。
 ある、定年を迎えた公務員は次のようにコメントを述べた。「まったく信じられないことです。われわれは、そこに座り、まさしく、歴史が繰り返す、と言う光景を目の当たりにしたのです。皇太子殿下は、歴代国王たちがそうされたように国民に対して未来への道しるべを示されたのです。」
 また、Menbe地区の49歳の老人は次のように述べている。「私は心が一杯です。私は、自分に、いったい何人の人々が未来の国王を目にし、そしてそのお言葉を頂戴することが出来るでしょうか?そのお姿は非常に強く、殿下のお言葉に集中することは困難でした。」
 69歳のDungkar地区のクンサン・ドルジは、これほどまでに幸福な人生はありえない、と考えている。彼はジグメ・ウォンチュック国王を目の当たりにし、そのうえ、ジグメ・ドルジ・ウォンチュック陛下とジグメ・シンゲ・ウォンチュック陛下双方の宮廷に奉仕えたのである。彼はまさか、その次の国王すら目にすることができるとは思いもしなかった。「私は、第五代国王がどのような治世を築かれるのかまったく分かりません。しかし、私は次世代が安心な手のうちにある、ということを確認した死ぬことができたのです。」
 人々の話を聞くに、ナショナル・デーの国王陛下声明はいまだにクルテの谷にこだましているようだった。多くの人はこのニュースにまだまだ深い悲しみを感じているようであった。しかし、協議の後にはっきりとしたことは、まさに、皇太子殿下の存在こそが国民の気持ちをやわらげることができ、そして国民の自信を取り戻すことができるのはブータン王国が永遠である、という思いだということである。
  Dungkar地区のソナム・ウォンモは次のように述べている。「国王ご一家のお姿、そして未来の国王陛下を目にしなければ、こんなにも簡単に私の気持ちが軽くなることはありえませんでした。ブータンの体制は永遠であり、国王陛下により象徴される私たちの体制こそが、私たちの強みなのです。」 
  Jari地区出身、68歳のクンサンはつぎのようなコメントを寄せている。「人々の中から皇太子殿下を拝見し、そのお姿は国王陛下ご自身と重なりました。これは何も私の年老いた目が悪いためではありません。私は始めて国王陛下にお目にかかったときと同じ喜びを感じたのです。だから、陛下のお姿と、皇太子殿下のお姿を重ねてみたのだと思います。」

すでに、ブータンの新たな時代への航海は始まっている。

(報告者 ウゲン・ペンジョ、サムテン・ウォンチュック、リンジン・ウォンチュック)
(原文はhttp://www.kuenselonline.com/modules.php?name=News&file=article&sid=6336)

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