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変化の時代に生きる君たちへ

誰にでも父母、祖父母から昔話に耳を傾け、ブータンで活躍した英雄の姿に心を躍らせた覚えはあるだろう。その中で、宮中文化およびブータン文化を豊かに、そして創造的にした傑物は何人いただろうか?

 4月17日、72歳でこの世を去り、今週荼毘にふされたダショーDrukponはそんな、稀有な人物であった。ダショーは生まれつき芸術の才能にめぐまれ、さらに独学で文化・芸術を極めた。「ダショーは彼が誰であるか、というより何ができるか、という点で人々に好かれた。」というのはむしろ、彼に対する高い評価を表した言葉である。
 ダショーはトンサのTruepang地方で、ダショー・Jamyang(亡皇太后Gayum Phuntsho Choden様のお父上)とAum Rinzinの間に生まれ、Jamphel Norbuという名を授かった。故Gayum皇太后は彼を非常に大事に育て、彼は11歳の若さで第2代国王Jigme Wangchuck陛下の宮中に迎えられた。
 1960年代初期、ブータンが国内初の高速道路を建設する際に先代国王Jigme Dorji Wangchuck陛下は彼に労働制度を確立の任においた。このときから、彼はダショー・Drukponとして名を広めることになる。
 彼は非常に多才なことで知られた。正式な訓練を受けずに13にも及ぶブータンの伝統芸能や手工芸に秀でた才能を発揮した。彼は芸術的好奇心を追い求める際に、この上ない幸せを感じる、と言われていた。
 その音楽の才能に目をつけたJigme Dorji Wangchuck国王陛下は彼をインドのコルカタ(カルカッタ)に送りブータン音楽初のレコーディングを命じた。同時に彼は文化や娯楽にも興味を示し、ブータン初の映画館、ホテル、ナイトクラブの開館を手がけた。また、ダショーはその整った顔立ちからいわゆる、「もてる男」ともよばれた。
「彼は望むものすべてを手に入れることだってできたんだ。」ダショーをJigme Wangchuckの時代から知り、敬意を払うを古い友人は言う。ブータン社会は政治的野心より謙虚さを、利益よりも創造性を好む人の社会である。ダショーは有力者たちといるより、子供たちとのふれあいを好んでいた、というのは良く知られた話である。
 変化が急激な時代に生き、祖先への思いも変化するなか、今日の若い世代によく考えてほしい話である。
 
(報告Kinley Dorji)
 
(原文は http://www.kuenselonline.com/article.php?sid=5488)

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