日本映画際
昨日(5月27日)、ティンプで第6回日本映画祭が始まった。開幕映画は7つの賞を獲得した山田洋二監督の『夕暮れの侍』で、Kelki高校の講堂で放映された。
開催期間中には同監督の『15』や、北野監督の『菊次郎』が放映される予定。これらの映画は5月31日にはワンディ・ポダン中学校で、6月2日にはドゥックギャル高校で、翌3日には王立教育機関で放映される予定。
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昨日(5月27日)、ティンプで第6回日本映画祭が始まった。開幕映画は7つの賞を獲得した山田洋二監督の『夕暮れの侍』で、Kelki高校の講堂で放映された。
開催期間中には同監督の『15』や、北野監督の『菊次郎』が放映される予定。これらの映画は5月31日にはワンディ・ポダン中学校で、6月2日にはドゥックギャル高校で、翌3日には王立教育機関で放映される予定。
5月25日に王国監査機関(Royal Audit Authority、以下RAA)が発表した年次報告書によると、2004年、報告されただけでも政府が未回収の資金は3億6900万ヌルタムにもなる。
5月25日に王国監査機関(Royal Audit Authority、以下RAA)が発表した年次報告書によると、2004年、報告されただけでも政府が未回収の資金は3億6900万ヌルタムにもなる。特に、政府および政府関連団体が公金から行われた私企業への貸付のうち、未決済の金額が1億6400万ヌルタムに上る。
大口の未納先は公営企業および金融機関で、6,600万ヌルタムになる。これに続くのが内務文化省で5,200万ヌルタムにのぼる未決済資金を保有している。
また、公営企業と金融機関に対する、入札なしの調達も横行しており、報告されただけでも全入札額5,900万ヌルタムのうち実に5,100万ヌルタムを占める。RAAによれば、いまだに不透明な支払いがどの機関でも慣習として存在し、1,500万ヌルタムの使途不明金を生んでいる。同報告によると「もし、法規制に従えば、約950万ヌルタムが節約できた」という。
しかしながら、2004年度の報告書によれば、使途不明金は金額面だけを見れば確実な減少をみせている。2004年度の使途不明金の見積もり額は3億6,900万ヌルタムである。これは2003年度からは1億4,400万ヌルタム、率にして28パーセントの減少である。
RAAは310団体を監査した結果、政府系では各地方行政官を含む内務文化省に7,000万ヌルタムの最大の使途不明金がある。公営企業や金融機関では、ブータン王立保険会社(Royal Insurance Corporation of Bhutan, 以下RICB)が5,600万ヌルタムで、最大の使途不明金を有する。これに続くのが5120万ヌルタムのブータン・テレコム。
報告書によれば、外務省が1000万ヌルタムに上る最大の不透明な支出を行っている。また、内務文化省は100万ヌルタムを「物資は調達されても実際には行われない」仕事に対して支払っており、約200万ヌルタムの無駄遣いが発生している。
監査局長官のダショー・ケサン・ワンディ(Kunzang Wangdi)によれば、通常の収支監査に加えて、RAAは対費用効果の監査も行ったという。この監査により、公的資金利用の際の経済性、効率性、効果が明らかになる。
昨年度の報告書とは異なり、2004報告書は「会計監査の対費用効果」の解明に重要度をおいている。本監査において、RAAは労働環境省(Ministry of Works and Human Settlement)が行った商品配達の際に、中心業者が費やした時間に勧告を行っている。また、プンツォリンの農業関係の中心業者も農薬の過剰発注に対して勧告を受けた。
報告書によれば、特許付農薬の在庫が過剰となり、そのまま使用期限がすぎて無駄になったという。また、RAAの勧告は経済省が新車の購入を制限した後の共用車購入にも及んだ。同報告書によれば、「規制機関である経済省が156の輸入許可を発給した結果、国庫支出は1億8,600万ヌルタムに上った。」という。さらにRAAは王国公務員委員会が行った3,123人への昇給と179人に対する昇進にも勧告した。
2004年度レポートでRAAが取り上げた題材と金額はここ数年でかなりの件数に上ってきた。一方、監査を受けた機関はこの報告書は誤解を招く、としている。
ある財務官は匿名を条件に、RAAが報告書作成に当たり書類面を重要視し現実を重視していないため、根拠がない指摘もある、とコメントした。
「時にわれわれは一つの企業しか提供していない商品に対しては見積もりを作る必要はないし、それが援助事業の場合は契約文書に見積もりは含まれている。」という。
また、この報告書は時代をさかのぼり1985年における未払い分も加算されているという人もいる。さらに監査を受けたほぼすべての団体が、RAAが未成立案件や減価償却済の事項も報告書で取り上げていると主張している。RAAは決済が済んでいるものの、情報が未更新の案件やRAAのオフィスで資料が紛失されたことへの言及を避けている。
RICBによれば、RAAが指摘するように未払いの貸付については確かに注意が必要である。しかし、現実には、遅延とは現在進行中を意味する。「もし貸借人が未納分を持ってくれば、監査の翌日にでも未払い金は劇的に減少する可能性もある。ほとんどの未払い分は期限の遅れによるもので、懸念すべき事項は何もない。われわれは顧客に対し支払猶予期間を設けている。それはRAAの慣習となんら変わらない。」
(報告者Ugen Penjore)
(原文は http://www.kuenselonline.com/article.php?sid=5522&mode=thread&order=0&thold=0 )
Karma Gyeltshenがブータン人として始めて世界の最高峰、エベレストへの登頂を達成した。

写真)Karma Gyeltshen
「非常に困難な道のりでした。この成功を神に感謝します。」カルマは昨日、エベレストのベースキャンプから衛星電話でクエンセルのインタビューに応じた。
「私はブータンの国旗を頂上に掲げたことをとても誇りに思っています。それは非常にすばらしい経験でした。私が初のブータン人であったということもとても嬉しいです。」
インタビューによれば、カルマは頂上に約9分ほどいたという。しかし、ボンベ中の酸素量が減少していたため、その後は下山を余儀なくされた。
カルマはネパール系のトレッキング会社が出資する登山隊と行動をともにした。カルマの登山チームは悪天候の影響で、他の登山隊がテント内で待機体制をとる中、登頂に成功した。激しい吹雪、濃い霧が吹きつける極寒のなか他の登山隊は登頂を諦めていたのである。
今回の挑戦は、同様の悪天候により登頂を断念した2004年に引き続き2度目。「当時は再挑戦しようとは思えなかった。」
しかしながら、カルマは登頂途中、スロベニアからの友人を失いかけたことを胸に刻んでいた。「吹雪で私たちはお互いを見失ってしまった。私は祈り続けていた。」当時の状況をカルマは、手は凍傷により激痛が走り、胸、左目も痛んでいた。
当時エベレスト登頂を試みながらも、待機体制をとっていたのは700人以上、その国籍は多岐にわたる。エベレストニュースによれば、カルマ隊は頂上を目指した、最初の部隊であったという。
1953年にTenzing Norgay Shrpaとエドモンド・ヒラリー卿が登頂に成功して以来、4,000人以上がエベレストの頂上を目指した。そのうちの成功者は63の国出身の1,200人あまり。しかし、175人以上の人々が命を落としている。
タシガン生まれのカルマは世界最高峰に立つことを長年の夢としてきた。
(報告Kencho Wangdi)
(原文は http://www.kuenselonline.com/article.php?sid=5525)
誰にでも父母、祖父母から昔話に耳を傾け、ブータンで活躍した英雄の姿に心を躍らせた覚えはあるだろう。その中で、宮中文化およびブータン文化を豊かに、そして創造的にした傑物は何人いただろうか?
4月17日、72歳でこの世を去り、今週荼毘にふされたダショーDrukponはそんな、稀有な人物であった。ダショーは生まれつき芸術の才能にめぐまれ、さらに独学で文化・芸術を極めた。「ダショーは彼が誰であるか、というより何ができるか、という点で人々に好かれた。」というのはむしろ、彼に対する高い評価を表した言葉である。
ダショーはトンサのTruepang地方で、ダショー・Jamyang(亡皇太后Gayum Phuntsho Choden様のお父上)とAum Rinzinの間に生まれ、Jamphel Norbuという名を授かった。故Gayum皇太后は彼を非常に大事に育て、彼は11歳の若さで第2代国王Jigme Wangchuck陛下の宮中に迎えられた。
1960年代初期、ブータンが国内初の高速道路を建設する際に先代国王Jigme Dorji Wangchuck陛下は彼に労働制度を確立の任においた。このときから、彼はダショー・Drukponとして名を広めることになる。
彼は非常に多才なことで知られた。正式な訓練を受けずに13にも及ぶブータンの伝統芸能や手工芸に秀でた才能を発揮した。彼は芸術的好奇心を追い求める際に、この上ない幸せを感じる、と言われていた。
その音楽の才能に目をつけたJigme Dorji Wangchuck国王陛下は彼をインドのコルカタ(カルカッタ)に送りブータン音楽初のレコーディングを命じた。同時に彼は文化や娯楽にも興味を示し、ブータン初の映画館、ホテル、ナイトクラブの開館を手がけた。また、ダショーはその整った顔立ちからいわゆる、「もてる男」ともよばれた。
「彼は望むものすべてを手に入れることだってできたんだ。」ダショーをJigme Wangchuckの時代から知り、敬意を払うを古い友人は言う。ブータン社会は政治的野心より謙虚さを、利益よりも創造性を好む人の社会である。ダショーは有力者たちといるより、子供たちとのふれあいを好んでいた、というのは良く知られた話である。
変化が急激な時代に生き、祖先への思いも変化するなか、今日の若い世代によく考えてほしい話である。
(報告Kinley Dorji)
(原文は http://www.kuenselonline.com/article.php?sid=5488)
今日、プラスチック製品の無制限の使用や廃棄により、環境への悪影響が高まってきている。
通産省職員筋によると、政府は1999年に発布したビニール袋、自家製アイスクリームの
袋等を制限するプラスチック製品禁止令を強化するという。

写真)ビニール袋は今でもよく使われている
政府は非効果的であった禁止令の見直しに積極的だ。政府は禁止令失敗の背景には、ビニール袋の代替製品の不在、関係者間の協力関係の欠如、個人の慣習、国外からの無制限の流入があったとみている。
「紙袋のような、手ごろな値段で、それなりの機能を持つ製品がブータン市場で入手できるようにする必要がある。」国家環境委員会(National Environment Commission副長官のダショー・Nado Rinchhenは言う。
また、通産省の共同長官Dophu Tsheringがクエンセルに伝えたところによると、紙袋が代替品として提案されているものの、丈夫さと値段の高さから使用者には評判が悪いという。
「紙袋はモノを中に入れると破れてしまう。必要なのは丈夫で便利、かつ手ごろな紙とジュート製の袋だ。」同副長官は言う。
通産省官僚筋によると、ブータンの紙工場に対して丈夫で使い勝手の良い紙袋の生産が要請された、という。また、同副長官は「われわれは別筋で、代替製品入手のためにインドのジュート会社とも交渉中である。」とも述べた。
禁止令の曖昧さを残しながらも、通産省と環境委員会は6月5日の世界環境デーにあわせて、第2度目の通告を行い禁止令を復活させる。
第1次通告は関係者間および個々人の協力を目的としていたが、あまり効果は上がらなかった。よって、今回は、禁止令の初犯者に対しては「重い罰」を、再犯者に対しては商業ライセンスの取り消しがおこなわれる。「今までの初犯者に対して500ヌルタム、再犯者に対して1000ヌルタムという罰則は軽すぎた。」とDophu Tsheringは言う。
また、ライセンスの取り消しは最終手段としてのみであった。
「今回は違反者に対してはいかなる情状酌量も行わず、ライセンスの取り消しを容赦なくおこなう。」
「最も重要なことは税関職員が供給自体をコントロールし、最終的にプラスチック製品使用率の低下につなげることだ。そのためには税務局の協力も必要になる」Dephu Tsheringは言う。また、通産省、市当局などの関連機関も禁止製品流通への対策を思案中であると述べた。
(報告Kinley Wangmo)
(原文は http://www.kuenselonline.com/article.php?sid=5445 )
ティンプ市民にモダン・オランダ音楽とブータンの伝統音楽の融合を堪能するチャンスがやってくる。5月20日、時計台スクエアーでオランダのロックバンドBLOFが演奏を
行う。

写真)BLOF
BLOFはギター、ドラム、シンセサイザー、ボーカルの4人バンドで、まずオランダでの演奏を 90分程度行う、と、このバンドのブータンへのツアーを企画した「ブータンとパートナー」(Bhutan and Partners)のHenk De Jong氏は述べる。
また、バンドと王立芸術学院のブータン人音楽家たちによる共演も企画されている。曲目はブ ータン人にオランダ語は通じないために英語曲になる予定。
ブータン滞在中、同バンドは彼らのアコースティックなメロディーをブータンの伝統楽器と歌い 方とを融合させる曲をレコーディングする。この曲はUMOJAプロジェクトという世界規模でのプ ロジェクトの下に作成中のアルバムに収録予定だ。UMOJAとはアフリカのスワヒリ語で「統一 (Unity)」を意味する。
「BLOFによるブータン訪問はUMOJAプロジェクトの一環である。このプロジェクトは音楽を 通じて人々をつなぎ、HIV/AIDSや水問題等の世界規模の問題に若い世代を巻き込む事が目的。 」とHenk De Jong氏は言う。
2004年に開始したUMOJAプロジェクトの一環として、BLOFはすでにケニヤ、キューバ、トル コ、アルゼンチン、ナイジェリア、ポルトガル、アメリカで演奏活動とレコーディングを行って きた。また、先月の演奏はインドで行われた。これから一年半をかけてBLOFは日本、中国、ロシ ア、アイルランド、そしてオーストラリアを訪問する。
すべての歌はCDとDVDに収録され、2006年3月に発売される。また、2006年の夏にはオラン ダでのコンサートが予定されている。この演奏には共同で収録活動を行ったミュージシャンたち も参加する。
Henk De Jong氏によれば、オランダのトップアーティストであるBLOFは1992年に結成され、オランダモダンミュージック界でもっとも重要なバンドという。 UMOJAプロジェクトはオランダ外務省とオランダ国営航空による協賛を受けている。 BLOFは今日(5月13日)ティンプに到着し、滞在予定は1週間。5月19日には招待客むけに RAPAホールでコンサートが行われる。
(報告Phuntsho Wangdi)
(原文は http://www.kuenselonline.com/article.php?sid=5445 )
ブータンは今歴史の大きな、非常に魅力的な転換点にいる。裁判所長官Lyonpo Sanam Tobgyeによれば、ブータン国民はいまだかつてない変化の只中にあり、この変化を乗り越えるために、わが国は「もっとも貴重な資源、ブータンの人々を発展させてゆく試練が必要」という。

写真)Lyonpo Sonam Tobgyeによる開催宣言の様子
ティンプで3日間にわたり開催されたマネジメント改革のワークショップには約50人の政府の管理職クラスが参加した。同長官によれば、ブータン憲法草案は公務員に対して次のことを要求しているという。まずは、独立し、政治的に中立な立場をとること。そして、サービスを効率性、透明性、説明責任の下、プロとして提供すること。さらに、グッド・ガバナンスと正義を実現するために高い倫理規範を持つこと、である。
同長官によるワークショップ開催宣言で以下のようにのべた。
「君たちは効率性の高い公務を支える背骨であり、業務を循環させる血でもある。君たちの存在があってこそ、国王陛下のヴィジョン、国家の目的、ブータン人の大志が実現されうるのである。公務においてプロ意識を育み、地方分権化を推進し、公務員の倫理・道徳的価値観を育てるのは、まさに君たち自身の責任である。」
本ワークショップは王国公務員委員会とシンガポール国際基金による共同開催である。このワークショップは今年の2月にブータンとシンガポールが両国間の協力関係および人的交流の強化をうたい締結したMOUにとっても重要なステップになる。
本会議はSIF代表のTan Tay Keong博士とシンガポール国立大学のリー・クワン・ユー公共政策・ビジネススクールの4教授が中心となっており、その目的はガバナンスにおける「マネジメント改革」を行うことである。
Tan Tay Keong博士はこの会議を「キャパシティ・ビルディング」における重要な意味を持つと考えている。博士によれば、この会議はブータン人公務員が出身背景を異にする教授たちと「自分たちが直面する問題や困難を把握すること、そして、シンガポールや世界の国々においてマネジメント改革とともに生起したアイデア、理論、成功、失敗を学ぶ良い機会になる。」という。
会議ではガバナンスと改革、公的機関におけるリーダーシップ、人的資源管理、汚職と透明性発展における新たな思考法、そして地方分権化の問題が取り上げられる。RCSC事務官のダショー・Bap Kesangによると、ブータンは変化の波を予測し、それに対応ができている。というのも、国王陛下の非常に優れた長期的視点により未来への予測と無二の対応策が可能であったからだという。憲法の制定に伴い、行政も公的サービスも、もはやマネジメント改革に無頓着ではいられない。
と、彼は付け加えた。人々はさまざまな要求を行い、管理職やマネージャーは創造的で、決断力を持ち、効率的で、常に責任を持つことが求められていくであろう。
ダショーは、ベテラン公務員に対して、改革の必要性、変化のプロセスを理解し、進行中の改革プログラムの情報を常にアップデートしていくことを望んでいる。
「今日、マネジメント改革のルールすら変化してきている。変化の力—それがグローバル化によるものであれ、技術革新によるものであれ、政治的・社会的・経済市場であれ−は非常に強力なのである。」
(報告者Kinley Dorji)
(原文は http://www.kuenselonline.com/article.php?sid=5432 )