Gomphu Koraの伝説
タシヤンチー(Trashiyangtse)のチェチュには毎年何千人もの人々が参加する。近年ではその最大の魅力はツェチュとともに盛んになってきたナイトライフと神秘体験の習慣にあるようだ。
Gomphu Koraは重要な聖地であり、偉大なるインド経典の聖人でブータンに仏教を伝えたグル・リンポチェが3日間にわたり瞑想したと信じられている岩の洞窟がある。
「東ブータンで最大の神聖な行事の一つであるこの祭りは、グル・リンポチェが予言したとおり、今日まで400年にわたり続いてきました。」Chingkulaの世話人はこう述べる。
世話人によれば、Gomphu Koraの伝説は9世紀までさかのぼるという。当事、ラサの王がサムチン(Samzhing)ラカンという名の寺院の建立を欲したのである。
その命を受け、数百人の男たちが日々建設に従事した。それにもかかわらず、建設作業はいつまでたっても進展しなかった。というのも、日中ひたすら建設した部分は、夜になると不思議な力でいつも破壊されていたためである。
そこで、王はKhepa Baru Tsangという男を呼びたてた。この男は無限大の創造の力を持っていると言われていた。しかしそのKhepa Baru Tsangの力をもってしても、状況改善は不可能であった。そこで、彼はパドマサンバヴァか、聖なる力を有する者の助力を得るように王に進言した。
王は直ちに4人の高僧をインドで瞑想していたグルのもとへ遣わせた。グルは、寺院建設を阻む精霊を呼び出すべく、5指を使った不思議なマスクダンスを編み出した。そして、精霊がマスクダンスに気をとられているうちに、グルはサムチン寺院を建立したのである。
このダンスはAcho Lam Chhamと呼ばれ、今日ではShingkhar Lauriにすむ人たちのみに受け継がれているという。グルは寺院に供える聖物として、ラサの湖のそこに隠されているノルブ(宝石)を求めた。そのために、チベットにいたグルの弟子の一人がノルブの入手に名乗りを上げた。彼は海の魔物たちがうようよする湖に飛び込み、その魔物たちに対抗すべく自身を竜の姿に変えた。
1週間が過ぎたころ、弟子が取ってくるであろうノルブを一目見ようと大勢の人々が湖の周りに集まった。まさにそのとき、彼は口にノルブをくわえ湖から現れんとしていた。その瞬間、群集の中のある女が恐怖のあまり叫び声をあげた。というのも、湖中に見えたのは、まだ半分竜の姿をとどめた弟子の体だったからである。弟子はその叫び声に驚き、なんと、ノルブを湖に落としてしまった。ノルブは一度きりしか湖から引き上げることのできない事実を知っていた弟子は怒りにわき、その姿を悪魔にかえ湖に集まっていた人々を飲み込み始めた。
ラサの洞窟で瞑想をしていたグルは、騒ぎを聞きつけるとすぐに南の方角へと飛んでいった悪魔を追った。グルはチベットからGomphu Koraまで、悪魔を追い続けてきたとされている。悪魔はGomphu Koraの寺院のそばにある巨大な洞穴の中に消えていった。グルはその洞穴の入り口に座り、三日間にわたり瞑想を行った。そして、悪魔が洞窟から出てきたとき、グルはその後を追い回し、地に押さえつけた。二人がお互いを倒し、捕らえようと戦う巨大な影が洞窟に映し出された。
戦いの後、ついに悪魔がたおれると、グルは「一年に一度、何千人もの人々が幸福な気持ちをいだいて、Komphu Koraに集うであろう」と、予言した。
その後グルは寺院から200メートルほど丘を登ったところにあるKapaliphuで、三ヶ月にわたり瞑想を行った。
その洞窟にはもうひとつ不思議な話がある。あるとき、チベット国王のThresong Deotsenが死の床で、永遠の命を与えるよう、グルに懇願した。
そこで、グルは弟子の一人であったNanam Dorji Dudjomに、現在のネパールにあるDragphug Maratikaまで、不死の薬が入った聖杯を取ってくるように命じた。グル自身もMaratikaでその水を飲んだ後、不死の身を得ていたのである。
しかし、運命の歯車とはうまく回らないものである。Nanam Dorji DudjomがGomphu Koraまでたどり着いたとき、王は息を引き取った。しかし、グルはその洞窟で聖杯を用いて儀式を執り行った。今日には縁起のよい日にはその洞窟の割れ目から水が滴り落ちる、と信じる人々がいる。その水はまさに聖杯からこぼれた水である。
Gomphu Kora寺院はシャプドゥン・ンガワン・ナミュゲルの祖父にあたるGyalsey Ngagi Wangchukによって建立され、Terton Pema Lingpaが清めの儀式を執り行った。
Gomphu Koraのツェチュは今日まで残り、毎年、三日間にわたり続く。祭りには、数千人もの人がさまざまな地から集まり、寺院や洞窟の周りを巡回する。
祭りの期間中、人々は悪魔がグルの攻撃から逃れようとして通った道をすり抜けようとする。というのも、もしこの道をすり抜けることができなければ、そのひとは罪人であることを意味するからだ。
若い男たちにとって、祭りは自らの鍛えぬいた身体を披露するときだ。よって、砲丸投げなどのさまざまなゲームが行われる。300KGもする石を肩に乗せてはこび、寺院の周りを歩くゲームもある。これは、自らの強さと、寺への信仰心を示すものである。
また、不妊に悩む女性がこの石を運ぶことができれば、子宝を授かる、とも信じられている。
1995年には新しいグルにTshengye Thongdroelが任命された。タシガンからおよそ22kmの地にあるDrangmechhu一体に広がる寺院とその建造物も修復された。1993年には寺院の前庭を平地にして、一日続くマスクダンスの祭りが始められた。
「もし悪魔が少しでも生き延びていたら、この世界に存在するものは誰もいなくなっていました。3日間に渡る祭りはグル・リンポチェを尊び、命を慈しむ機会なのです。」と寺の住職はいう。
報告:Samten Wangchuck