日本ブータン友好協会事務局長 平山 雄大
「ブータン連続セミナー」は、(1)ブータン王国を巡る諸相に触れること、(2)それらから開発政策や国・地域の在りかたを考えることを主目的としたオンラインセミナーです。「初学者にとって“ブータン入門”となるような内容」を目指して、2021年6月より毎月1~2回行っています。2025年3月までに60回行い、累計約2,980名のかたにご参加いただきました。
このセミナーはお茶の水女子大学グローバル協力センターと日本ブータン研究所の共催で、日本ブータン研究所が2013年4月から毎月開催している「ブータン勉強会」を兼ねています。毎回ブータンを扱った国内外の新旧映像作品を取り上げて、①映像作品の紹介と視聴、②コメンテーターからの解説・コメント、③質疑応答・意見交換という流れで行っています。参加資格は特になく、お茶の水女子大学の学生をはじめとした学内の関係者、ブータンに関心を有する一般の方々他、どなたでも無料でご参加いただけます。協力団体のひとつである友好協会には、主に広報の面でご協力いただいています。会員の皆さまの中には、コメンテーターを引き受けてくださったかたもいらっしゃいます。
2021年度は全10回で、NHKの番組や民放の番組、さらに韓国の旅番組を取り上げました。珍しいところでは、日本初のブータン特集とされる1967年のNHK海外取材番組も扱いました。テーマは町、国境、祭り、教育、農業、王国の歴史等でした。2022年度は全20回で、日本の番組の他ブータンのドキュメンタリーを3本、インド政府の公式記録映像を2本、さらにドイツとイギリスの映像作品を取り上げました。取り上げたテーマは食、近代化による社会変化、女子サッカー、染と織、学校、ネコ、歴史、ブータン各地の様子や文化、第4代国王の戴冠式等でした。2023年度は全15回で、日本の番組の他に韓国、ドイツ、フランス、イギリス、カナダ、デンマークのもの、さらにかつて存在したブータンの隣国・シッキム王国に駐在していたイギリス人政務官による1930~1940年代の記録映像を取り上げました。テーマは自然、GNH政策、野生のターキン、道路事情、音楽、歴史をはじめ多方面に及びました。2024年度も全15回で、日本の番組の他にブータン初の国産映画「ガサ・ラマ・シンゲ」、アメリカのABCニュースやCNN、カタールのアルジャジーラによるドキュメンタリー作品、ブータンで働かれていたスイスのかたによる記録映像を取り上げました。テーマはいろいろありましたが、特に環境問題、氷河湖、子育て、若者、難民問題、教育プロジェクト等に焦点を当てました。
開催日 | 取り上げる映像 | |
第1回 | 2025年4月25日(金) | 『Curly Tales』「One World Ep4. Bhutan 10 Day Itinerary: Festivals, Off Beat Wonders & Cultural Secrets」(インド・2024年) |
第2回 | 2025年5月23日(金 | 『冒險雷探長(Lei’s adventure)』「344集 不丹人真的幸福嗎?走進不丹國王的愛情童話 探訪不丹戒楚節」(中国・2023年) |
第3回 | 2025年6月13日(金) | 『冒險雷探長(Lei’s adventure)』「346集 不丹是世界上旅行最貴的國家 雷探長抽查不丹農村 了解當地人真實生活品質」(中国・2023年) |
第4回 | 2025年7月4日(金) | 『101 EAST』「Bhutan’s Climate Crisis」(カタール・2025年)他 |
第5回 | 2025年7月18日(金) | 『60 Minutes』「Bhutan Building Mindfulness City to Create Jobs, Lure Young Bhutanese Home from Abroad」(アメリカ・2024年)他 |
第6回 | 2025年8月8日(金) | 『CNA Correspondent』「Can Bhutan’s New Megacity Help Reduce High Youth Unemployment & Brain Drain?」(シンガポール・2024年)他 |
第7回 | 2025年9月5日(金) | 『DW Documentary』「Bhutan: A Journey to the Unknown South」(ドイツ・2024年) |
第8回 | 2025年10月3日(金) | 『Tigers of the Dragon Kingdom』(ブータン・2023年) |
第9回 | 2025年10月17日(金) | 『Bhutan’s Democracy: A Decade On』(ブータン・2019年) |
第10回 | 2025年11月7日(金) | 『Making a Difference』(ブータン・2018年) |
第11回 | 2025年11月21日(金) | 『Made in Bhutan』(ブータン・2013年) |
第12回 | 2025年12月19日(金) | 『Interview with Tshering Tobgay: Bhutan Prime Minister on the Country’s Economy, Culture, Environment』(シンガポール・2024年) |
第13回 | 2026年1月9日(金) | 『Bhutan PM Tshering Tobgay on Building the Silicon Valley of the East, and How It Will Help India』(インド・2024年) |
第14回 | 2026年2月6日(金) | 『Hello from Bhutan Documentaries: Pema Gatshel Like Never Seen Before』(ブータン・2024年) |
第15回 | 2026年3月6日(金) | 『Trashi Yangtse Series』「Ep1 Welcome to Trashi Yangtse, Bhutan」「Ep2 Sacred Sites of Trashi Yangtse」他(ブータン・2020年) |
2025年度も全15回を予定しています。前ページの一覧にございます通り、すべて金曜日の15:00~16:30開催です。これまでいただいたアンケート回答やリクエストを検討し、映像は新しいもの、そして新しいトピックを中心にラインナップしました。実際に取り上げるのは、ブータン、インド、ドイツ、アメリカ、カタール、そして中国とシンガポールの映像です。第1回はインドのYouTube作品、第2回と第3回は中国のYouTube作品を通して、最新の旅行事情や文化体験、祭りの様子、各地の見どころ等に触れたいと思います。第4回はアルジャジーラのドキュメンタリーを通して、ブータンの気候変動に迫ります。第5回はアメリカのCBSによるドキュメンタリー、第6回はシンガポールのCNAによるニュース番組を通して、ブータンの最新の国家開発政策や社会問題に迫ります。第7回は、普段あまり取り上げられることのないブータン南部地域に焦点を当てます。第8回から4回分は、ブータン国内で制作された映像作品です。第8回は野生のトラと人間との共存、第9回は民主化・選挙事情、第10回は市民社会組織、第11回は起業家精神(アントレプレナーシップ)育成を巡る取り組みを取り上げます。第12回と第13回は、シンガポールとインドのテレビ局による首相のインタビューです。第14回と第15回もブータン国内で制作された映像作品です。それぞれ、ブータン東部のペマガツェル県とタシヤンツェ県に焦点を当てます。
友好協会の皆さまにとっては既知の内容も多いと思いますが、ご都合のよろしい回がございましたらぜひご参加ください。各回の開催前日18:00までに参加申込をいただく必要がございます。詳細は日本ブータン研究所のウェブサイトにてご確認ください。
「2025年度第1回セミナー」
◇◇概要◇◇
■日時:2025年4月25日(金)15:00~16:30
■題目:映像作品を通してブータンの諸相を学ぶ(61)―『Curly Tales』「One World Ep4. Bhutan 10 Day Itinerary: Festivals, Off Beat Wonders & Cultural Secrets」(インド・2024年)―
■参加者:合計約70名(参加申込:105名)
第1回セミナー(通算61回目)は、『カーリー・テイルズ』(Curly Tales)という、食や旅行をメインに据えたインドのYouTubeチャンネルのブータン旅行編を取り上げました。カーリー・テイルズは「India’s No.1 Food & Travel Platform」を謳う登録者数400万人以上のチャンネルです。ブータン旅行編は2024年8月6日にアップされたもので、使用言語は主にヒンディー語です。英語の字幕が入っていましたので、セミナー当日はYouTubeの自動翻訳機能は使用せず、英語字幕のみのオリジナルバージョンを視聴しました。
取り上げた映像は、10日間のブータン旅行を約48分でまとめています。インドからパロに降り立ち国内線でブムタンに移動、そこから陸路でプナカに向かい、さらにティンプーを経由してパロに戻ってくる、という旅程です。旅人はカミヤ・ジャニ(Kamiya Jani)というムンバイ出身の女性です。2016年にカーリー・テイルズのYouTubeチャンネルを立ち上げたかたで、昨年インドで開催された「第1回ナショナル・クリエイターズ・アワード」では最優秀トラベルクリエイター賞を受賞して、モディ首相から直接表彰されていました。YouTubeに掲載されている紹介文の日本語訳は以下の通りで、カミヤさんは9泊10日のブータン滞在中にとにかくいろいろなことをやっています。
カミラさんは非常に的確にレポートされていて、伝え方もうまく、カメラワークや編集を含めて非常に質の高い、また好感の持てるブータン紹介YouTube動画だと感じました。このセミナーの趣旨にドンピシャリ合致した、「ブータン初学者向け」の内容だったと思います。この動画を視聴してブータンを旅行したインドのかたもけっこういらっしゃるだろうと推察します。
おそらく、ブータンの政府観光局(Department of Tourism: DoT)や登場したホテル(特にペマコ・プナカとペマコ・ティンプー)も絡んだブータン旅行プロモーションの一環だと思いますが、アクの強くない、セレブな雰囲気も醸し出す動画でした。
映像の冒頭で紹介されていましたが、観光ビザでブータンに入国する場合、現在はSDF(Sustainable Development Fee)と名付けられた観光税を1日あたり1人100ドル(約1万5,000円)支払う必要があります。ただし、インド人に対しては1日あたり1人1,200インドルピー(約2,000円)と、例外的に観光税の額が低く抑えられています。新聞記事によると、2024年の外国からの訪問者数は年間14万5,065人で、そのうちの約65%(9万4,280人)がインド人でした。
コロナ前は公定料金制度(という今とは違う制度)のもと観光税は1日あたり1人65ドル(約1万円)でしたが、インド人には公定料金制度は適用されておらず、観光税も免除されていました。コロナ前の2019年の外国からの訪問者数は年間31万5,599人で、そのうちの約73%(23万381人)はインド人が占めていたようです。
つまり、コロナ前も後もブータンに旅行に来る外国人のマジョリティはインド人、ということです。インド人はビザ取得の必要がないこと、インドルピーが流通している(外国でありながら自国の通貨を普通に使うことができる)こと、会話がヒンディー語で事足りること、追加でお金はかかるものの自身の車で普通に入国して旅をしても良いこと、そもそも近いこと、想像以上に質の高い各種アルコール製品とインド料理、豊富な自然と「フレッシュ・エアー」があること、涼しい気候、さらに透き通るほど綺麗で急峻な川の存在、仏教文化が根底にある異国情緒……あたりの「お手軽さ」と「異質さ」が、インド人をブータンに引き付ける理由のようです。
ちなみに、これはインド人に限りませんが、お寺やゾンは主要な観光地となっていて、そこで行われる祭りを目当てにブータンを訪れる旅行者も多いです。報道によると、2025年3月上旬にプナカ・ゾンで6日間にわたって行われた祭り(プナカ・ドムチェ及びプナカ・ツェチュ)には、3,300人以上の外国人旅行者が訪れたようです。また、パロのタクツァン僧院への訪問は、ブータン観光のハイライトとしてコロナ後も引き続き高い人気を誇っています。コロナ後は、外国人旅行者が多く訪れる西部の主要なお寺やゾンは入場料・拝観料を徴収するようになっています。
セミナー当日は、このようなかたちで平山よりコロナ前と後の旅行システム及び外国人旅行者数の変化、インド人が考える旅先としてのブータンの魅力等に関して簡単に解説させていただき、その後参加者の皆さまからの質問に回答するかたちで情報共有を行いました。
「2025年度第2回セミナー」
◇◇概要◇◇
■日時:2025年5月23日(金)15:00~16:30
■題目:映像作品を通してブータンの諸相を学ぶ(62)―『冒險雷探長(Lei’s adventure)』「344集 不丹人真的幸福嗎?走進不丹國王的愛情童話 探訪不丹戒楚節」(中国・2023年)―
■参加者:合計約50名(参加申込:70名)
第2回(通算62回目)は、中国のYouTubeチャンネル『Lei’s adventure』の第344集、日本語に訳すと「ブータン人は本当に幸せなのか?ブータン国王の愛の物語の世界に入り込み、ブータン・ツェチュ祭を訪れよう」というタイトルのものを通して、首都ティンプーの祭りと町の様子を取り上げました。
旅人は、YouTuberのチン・レイ(陳雷)さん、通称「レイ警部」です。上海シアターアカデミーを卒業後、上海万博のアートディレクターを経てYouTuberに転身されたかたで、『Lei’s adventure』はこのレイ警部が世界各国を旅する番組です。レイ警部はかなりアクが強く、「彼氏はいますか?」「給料はいくらですか?」等、映像の中でブータンの方々にかなりストレートに質問をしています。この点に関しては賛否両論あり、参加者の皆さまからは、「身も蓋もないとも言えるような本音のコメントや質問をしながらの映像も、個性的で面白かった」、「彼のストレートな質問が実情を知るうえで良かった」、「映像は粗削りだったが、ブロークンイングリッシュで物おじせずインタビューする姿勢は好印象だった」といった好意的なものから、そうではないものまで、さまざまな意見をいただきました。
映像は、「“幸福の国ブータン”を訪れてみて、考察したことをまとめてみた」という非常にシンプルな構成で、ブータンに詳しい方々の中には、「1回の訪問で何が分かるの?」、「粗削り過ぎない?」、「最後のまとめが飛躍していない?」といった感想をもたれたかたもいらっしゃると想像しましたが、レイ警部の初ブータンの率直な感想が表現されていて、その点は好感の持てる紀行番組だったと言えると思います。ネパールのカトマンズからパロまでのヒマラヤ山脈の真上を飛ぶフライトの絶景やお祭り(ティンプー・ツェチュ)の観客の皆さんの鮮やかな民族衣装は、特に目を引く美しい映像でした。
映像の途中、トニー・レオンとカリーナ・ラウの結婚式、という話が出てきました。香港の俳優のおふたりがブータンで結婚式をあげたのは2008年7月21日で、当時日本のブータン界隈でも話題になったものです。このトニー・レオンの結婚式の話は中国のブータン関連番組や他の中国人YouTuberの映像等にも頻繁に登場していて、中国の方々にとっては、ブータンを紹介する際の鉄板エピソードになっているようです。
「2025年度第3回セミナー」
◇◇概要◇◇
■日時:2025年6月13日(金)15:00~16:30
■題目:映像作品を通してブータンの諸相を学ぶ(63)―『冒險雷探長(Lei’s adventure)』「346集 不丹是世界上旅行最貴的國家 雷探長抽查不丹農村 了解當地人真實生活品質」(中国・2023年)―
■参加者:合計約45名(参加申込:73名)
第3回(通算63回目)は、ポブジカ谷に焦点を当てました。映像は前回に続き中国のYouTubeチャンネル『Lei’s adventure』のもので、その第346集、日本語に訳すと「ブータンは世界で最も旅行費用が高い国だ。レイ警部はブータンの村々を訪問し、現地の人々の本当の生活の質を探った」というタイトルのものを視聴しました。全体を通して、レイ警部が撮影で使用している高性能カメラで写された映像から、改めてポブジカの美しさを感じました。
映像の最初に出てきたのは、標高3,150mのドチュ・ラ(峠)にある108基の仏塔です。レイ警部は、この仏塔を通して2003年に起きたインド反政府ゲリラ基地掃討作戦の詳しい解説をしていて、(その紹介をしたブータン国外の映像をほとんど見たことがなかったように思い)個人的には感心しました。
ドチュ・ラでは、出会ったほりの深い顔立ちのネパール系ブータン人の若者に、「え?ブータン人?インド人かネパール人だと思った!」とストレートすぎる発言をして相手が苦笑いしている場面が出てきました。このレイ警部の率直すぎる物言いは、前回取り上げた第344集にもたびたび出てきましたが、「初めてブータンを訪れた外国人の素直な驚きを表している」と、私はプラスに捉えたいと思います。その後、「彼は南の出身なのでそのように見える」(一般的にイメージされる「ブータン人」と異なる)、とガイドさんがフォローしていました。映像は、そこからかなり強引にブータン国内におけるインド人出稼ぎ労働者の話に繋げていましたが、その力技の編集も『Lei’s adventure』の特徴と言えそうです。
映像の中でレイ警部は「ヤクを見かけない」とぼやいていましたが、レイ警部が訪れた9月、10月はまだヤクは標高が高いところにいるので、彼がヤクに遭遇していないのも仕方ないと言えそうです。冬になれば、例えばポブジカ手前のラワ・ラ(峠)あたりにもヤクが下りてきますので、もう少し訪問時期がずれていたら、ポブジカ往復の途中に見ることができたはずです。
中国の視点は、中国とブータンを行き来するオグロヅルという話題、ダライ・ラマ6世ツァンヤン・ギャツォの詩の紹介あたりには特に色濃く出ていたように思います。ポブジカにある僧院ガンテ・ゴンパがチベット仏教のニンマ派のお寺であること、テルトン(埋蔵法典発掘者)として有名なペマ・リンパとの関連をはじめとした比較的詳しめな仏教描写、吐蕃の話題あたりにもそれは感じられました。
昨年度までのセミナーに参加いただいた皆さまからのご要望を受け、今年度のセミナーは、(1)参加申込者に(可能な限り事前に)資料をお送りする、(2)映像視聴前には、アンケートでいただいたご意見の紹介・ご質問への回答を通して前回の振り返りをする、というかたちを採っています。7月以降もこのかたちで進めて参りたいと思っています。
※日本ブータン友好協会『日本ブータン友好協会会報 ブータン』第166号、17-21頁より転載。